Cambridge Dictionaryでは「lingua franca(リンガフランカ)」を“a language used for communication between groups of people who speak different languages”と定義している。多くの課題が地球規模での対応を必要とする現代社会では、全人類が意思疎通できるリンガフランカの必要性が高まっている。 いまの世界でリンガフランカに一番近い自然言語は英語だが、このさき英語がさらに普及して全人類が英語を話す時代がはたして来るだろうか?言語統計で定評のあるエスノローグ誌は2022年における英語話者の総数を14.5億人、そのうち英語を第一言語とする人数を3.7億人と推計している。世界人口を80億人とすれば英語話者の比率は18%に過ぎない。
日本についていえば明治維新以後は外国語教育において英語をもっとも重視してきたはずだが、国民の大半の英語力は仕事で苦痛なくコミュニケーションできる水準に遠く及ばない。
全人類が英語を話すのが無理だとすれば、その代わりに機械翻訳(MT)で言語の壁を取り払ってリンガフランカが不要となる世界を作れるだろうか?いまのところ私の個人的意見としてはその見通しは暗いと思う。なぜなら、AI翻訳のアルゴリズムでは正確さを担保できないし、大量の対訳コーパスが存在しない言語対については中間言語を介した二段階の翻訳が必要となるため、さらに精度が落ちるからだ。 しかし、「ハブとしての基礎英語」と機械翻訳の組み合わせならばどうだろうか?発信者はバイリンガルのオーサリングツールを使い、自分が読んで理解できる「基礎英語」を出力する。それを受け取った受信者は機械翻訳でそのメッセージを自分の母語に翻訳する。そのとき、AI翻訳の限界に留意して、原文の英語も参照して誤訳を自己修復できる程度の英語読解能力を持つようにする。AI翻訳があと少し頑張れば、その基礎英語の範囲内に言語ハブのスペックを収められる可能性はありそうだ。
日本の英語教育ではバイリンガルの育成はできなかったが、基礎英語の普及には成功してきた。ここでいう基礎英語が世界各国の義務教育のカバー範囲に収まれば、この「基礎英語✕機械翻訳」のしくみはリンガフランカとして機能するのではないだろうか。この方法なら英語ネイティブが有利になる「覇権言語アドバンテージ」のアンフェアもない。 これこそ最もリアルで最もフェアなリンガフランカではないだろうか?
(初出『JTFジャーナル』#309 2020年9/10月号の記事をもとに改訂しました)
参考文書
Ethnologue: Languages of the World(https://www.ethnologue.com/)